私が思うに、今大変なのは普通の家庭の介護問題。それは政治の失策。そして、私は逃げた。

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※注意※

今回は、親御さんの介護で悩んでいる方が不快になるかもしれません。
ご注意です。気持ちが落ちている方は読まないでください。
また、読みやすいように行間を開けていますが、3000文字くらいの長文です。
疲れるので、読むのが面倒くさい方、読まないほうがよいです。

 

よく言われる「毒親」ですが、私の父母は毒親ではありません。
ただ、単に、子どもに関心がなかっただけのことです。

精神科医や心理学者がいうことには、
無関心・無干渉より、
関心があり過ぎて、自分と我が子を同一視し過干渉の親に育てられたお子さん達のほうが、
後々酷いトラウマとなるという話です。
私は、親の子に対する過干渉というのは、一種の洗脳(マインドコントロール)だと思うので、
それを考えたら、そこから抜け出すのは、非常に困難で、苦痛を伴うと想像ができます。

 

今回の記事はその話の延長ではないです。
(小倉千賀子という社会学者が語っていたことで、
「心理学は社会学の問題である」
親子問題は連鎖しますが、実は家庭の問題は社会の問題であったりします。
私の父母、特に父方には親子の問題が連鎖していて、それは社会・国の起こした問題に繋がっていました。今回は記事にしません。)

 

激鬱になる前の話です。

私は介護保険スタート時からケアマネジャーをしてきており、現場を離れるまで、多くのご家庭のケアプラン作成をしてきました。

2000年当初ではあまり考えなかったことですが、スタートから5年くらい経ち、思ったことがあります。

それは、普通の家庭の介護問題が、一番大変なのだということ。

(私は介護する親が不在なので親の介護で悩むことはないと書きましたが、
もし、あの父が介護を必要とする状態になったら、
私はきちんと父の介護に向き合っていただろうか?
と疑問に思います。)

 

成育過程で、家庭の機能が上手く行っていなかった子どもさん達は、
親の介護を拒否されたりします。
薄々、その理由が介護従事者のほうではわかります。
強引には「親御さんとの関わり」を強要できません。(そこを無視して「親御さんなんだから」と強要する介護従事者は、ただのオバちゃんです。お嫌でしたら、「ババアチェンジ!」と変えましょう。)
別居して遠くに住んでいるお子さんに連絡をしてみても関わり合いを拒否されたりします。
同居しているお子さんには、同居している以上は、関わりを持って貰えるように働きかけはします。

自分の蒔いた種の刈り取りともいえる、自業自得であったりもしますので、
こういったケースは、援助者のほうも考えます。

 

でも、本当のところ、大変なのは、

ごく普通のご家庭で、
ごく普通に親御さんに育てられ、
ごく普通の大人になって、家庭も持つことができた方で、
育ててくれた親御さんに介護が必要となった時、

親御さんが無年金、もしくは貰える年金が少なく、預貯金もなく、資産と呼べるものもなく、
お金が無い状態だった、といったケースです。

昨今の国の経済情勢の悪化で、
子どもさんのほうにも、経済的な余裕はありません。
自分達の子どもが高校生・大学生であればそちらにお金をかけないとなりません。
国は在宅での介護へとシフトをさせようとしていますが、
在宅での介護といっても、
生活の全てを介護保険サービスで賄うわけにもいかず、
子どもさん夫婦で、働きながら、親の介護もしなければならない状態になったりします。

そして、
仕事を辞めざるをえない状態になったり、
親の介護が原因で、離婚することになったりします。

 

問題のある育て方をした、
育てられ方をした、
というような関係というのは、一般的ではなく、
ほとんどのご家庭では、
年老いた親御さんは、
普通のお父さん・お母さんだったと思います。
(昔の日本はとりあえず裕福だったので、社会はのんびりしていて、子育ても今と違って余裕があったはずです。)

そのごくごく普通であったはずの家庭での、介護問題は大変です。

親に愛情があった分、子どもは簡単に親を捨てることはできませんので。

お金がある家であれば、

「介護はプロに任せる」
と言った話で、
施設に預けることも可能ですが、

一番お金のかからない特別養護老人ホームといった公的施設での入所は順番待ちですし、要介護度3以上でないと入所できなくなりました。

民間・民営の施設(いろいろな種類があります)への入所は、やはり、ある程度のお金がないと難しいです。
(あまりお安いところはやはりお勧めできかねます。入居費などの諸費用と提供されるサービス・介護が比例するとまでは言いませんが、安いところは安いなりです。)

ときおり、
自分の手で介護をしたい、
家で親を介護をしたい、
と仰る熱意あるお子さん達もいますが、

やはり、介護は一筋縄ではいきません。

デイサービス利用もショートステイ利用も、親御さんが拒否すれば、「他人に介護をさせてはいけないのだ」といった罪悪感で、それを了承し、
自分の手で介護をしようと頑張り過ぎて、介護鬱や介護疲れで子どもさんのほうが精神や身体を悪くすることになったりします。

それも、普通に愛情をかけられ育てられてきたからこそ、です。

 

話の方向が変わります。

そこで、思うのです。

国が在宅での介護へとシフトしている、

自民党が「家族の助け合い」を憲法に入れ込もうとしている、

それって、おかしくないですか?

 

親御さんの介護ができない、といった状態に陥っているのは、

どこに問題があるのか?

安心して親御さんの介護を公的サービスに任せられるような制度運用が必要だったのでは?

その制度運用に失敗したのです。

介護を任せる費用をごくごく普通の一般的な家庭で作ることができないような経済状態に、

普通の家庭が陥るというのは、経済政策の失敗であって、

それは、政治の失策です。

なのに、どうして、「家族の助け合い」が問題なのですか?

なんかおかしくないですか?

 

それでもって、

高齢化社会の問題ではなく、少子化の問題。

どうして、

少子化なのか?

結婚したくてもできない経済状態に陥っている、

子どもを産みたくても安心して育てられない状態に陥っている、

それは、個人の問題ですか?

多くの方達が困っているのであれば、

個人の問題じゃないと思います。

 

そこで、なんで、どうして、「家族の助け合い」が問題なの?

と、不思議に思うのは私だけですか?

 

税金も社会保険料も納めていますよね?私だって少ない金額ですけど、納めています。

 

そのお金どうなっているんですか?

 

私は左派でも右派でもないし、政治的信条もございません。

ただ、単純に、不思議なのです。

どうして、

多くの人達が困っていることが、

個人の問題、
家族の問題、
「家族の助け合い」を憲法に入れ込む、
ことにつながるのか、

よくわかりません。(私の頭が悪いからかしら?)

 

政策にもPDCA(Plan=計画、Do=実行、Check=評価、Action=改善)が必要だと思いますが、やっていないのか、やっていても表に出さないのか。
政治家もそうですよね、選挙で勝ちました。議員になりました。で、選挙公約のPDCAは?

 

政治家の不倫騒動なんてどーでもいいんです。病床の奥さん、ホッぽいて、不倫相手に純白のウェディングドレスを着せようと、
そんなのどーだっていいです。
(私は、どーだっていいと思う。そんなことより、政治政策!経済政策・社会政策の成果・実績・評価、どうなっているのか。)

 

話が広がり過ぎな感あり、

どうもすいません。

 

でもさ、不思議でしょうがない。

 

そうして、

私は、

自分の親を看ていない苦労知らずが、

ごく普通の家庭で、ごく普通に愛情をかけられて育ってこられた、
ごく普通の方達の介護の相談に答えることができなくなり、

逃げました。

 

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今回もお忙しい中、読んで下さり、ありがとうございました。

フルタイムパートさんの仕事、すごく大変で、すごく興味深く、面白くて苦しいです。

とりあえず、新しい仕事、覚えるほうを頑張ります。

今まで出会ってきた方々すべての方々に感謝いたします。ありがとうございました。逃げてすいません。

 

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