仕事のキャリアではなく人としてのキャリアだったケアマネジャーの仕事。家族関係の光と影を教わる。

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前回の記事、

年取ってからのキャリアチェンジって難しいもんだなあとしみじみ思う。

で、在宅で介護を受けている方々のケアプラン作成をするケアマネジャーの仕事をしていた時の話を、

「家政婦は見た!」状態と書いてあり、

そこで、不快になった方もいると思われますので、

私がどう感じだのか・何をそこで学んだのかも書きたいと思います。

 

親子関係で傷つき、悩み、大人になってもまだ親を許せない人

 

いらすとやさんでは「スパルタ教育」というタイトルでした。

 

 

有名な本ですね、

スーザン・フォワードの『毒になる親』

も有名ですけれど。

(私の親もまあ、普通の父親・母親ではなかったので、『毒親』というキーワードには敏感でしたが、すでに、二人ともいなくなってしまい、自分が自分の親になると決めてから年月が経ち、どうとも思わなくなっています。去る者は日日に疎し。)

このヤフートピックスへのコメントは読むとうんざりするので読みません。

 

「どんな親でも親は親、やはり感謝は必要VS虐待経験が無い脳内お花畑状態のヤツに言われたくない」

 

という対立だけで終わっていて歩み寄るという発展がないんで。(ヤフコメの書き込みは年齢層が若いと思われるのでおばさんはもうそれどころじゃないし)

 

「どんな親でも親は親」というまともな発想の視点しか持っていない方達が介護・福祉・教育の支援者に立つと、子どもの頃のトラウマを抱えて生きている方達が「なんだか、こっちが責められているような気分になる」と思うのはしょうがないことで、

かといって、

子どもの頃のトラウマを解消できないまま支援者になってしまうと、またそれはそれで不具合があります。

(私は自ら希望して援助職についていたわけではなく流れでそうなりました。それが逆に良かった。というのは、「これはお金を貰ってやっている仕事!」と思えば、仕事のプロに成る切るだけですから余計なことを考えずにすみますし。
がー、「いつもありがとう、なんだか申し訳ない」と言われ、「いえ、これが私の仕事ですから」と笑顔で答えても、それ以上の想いを援助者に期待する方達はその答えにがっくりくるみたいです。この返答が援助を受けている方々の心の負担にならない答え・仕事のプロとして誇りを持った答えだとしても、それ以上の期待をしている方達もいるんだなあ、とこっちが逆にびっくりしたりしました。)

私は感情で仕事をしていなかったので、苦になるような被援助者の方はいませんでしたが、たったお一人だけ、どうしても、どうしても、自分のどす黒い感情が出てしまったケースがありました。

 

深い愛情を注がれ育てられた同い年の女性の嘆き

 

30代前半時、受け持ったケースです。(脚色あり)

一人娘さんでした。

お母様が癌の終末期、そうしてその介護をしていたお父様にも癌が見つかってしまった、というダブルで不幸が重なってしまった女性でした。

都心で小さくはない立派な一軒家で三人暮らしをされており、お父様は大企業の役員をされてきて、その女性も有名な一流企業で仕事をされていました。

ケアプランを作成し、サービス担当者会議を病院でした後のこと、

その娘さんに、私に親身さを感じられない、と不満を訴えられました。

お話は傾聴しましたが、たぶん、私と娘さんの間の空気はあまり感じが良いものではなかったと思います。

娘さんのいう不満は当たっていました。

私はその娘さんに醜い醜い妬みと僻みを持っていました。

「お見舞いに来て励ましてくれる友人も会社の同僚の方達もいる。今までの人生で一点の曇りが無かったのだろう。そんな恵まれた人生を生きてきた貴女が、何も持たず一人生きてきた私に何を求める?何も持たない私が全てを持っている貴女を励まさないとならないのか!」

と今まで思ったことがなかった感情が心の中で生れていました。

もっと汚いことを書きますと、ご両親が亡くなってたった一人の娘さんに行くであろう遺産のことまで私は計算してしまっていたのです。

幸運なことに、法人の事情で事務所移転となり、ケース担当を変わることとなり、お互い「良かった」と内心思いました。

今、思い出しても、苦いなんてもんじゃなくて、とてもとても重苦しい罪悪感があります。

それは、

自分が年を取って、あることにやーっと気づいたからです。

 

愛情を注がれ育てられたからこそ、親を失う苦しみは大きい。

 

自分の足で私は立っている。

自分の力で生活が出来ている。

私は私なのだ。

よく頑張ったなあ、と自分を誉めてやりたい、とやっと思えるようになり、心に余裕ができてからです。

それに気づいたのは。

自分とは全く違った境遇にある人様の背景や心情を想像出来るようになりました。

美輪明宏氏の本に『正負の法則』という本がありますが、まさにその通りでした。

いくら周囲に支えてくれる大勢の人達がいたとしても、深い愛情を与えてくれて来た両親を失ってしまう恐怖と悲しみ・苦しみは、想像を遥かに超えて筆舌にしがたいものだったことでしょう。

私は浅はかだったなあと思います。

でも、

五十路近くなり、その娘さんもその娘さんを苦々しい思いで支援していた私に対しても、大きな視点から、「どちらも苦しいよね」と思えるようなっています。

 

山田ズーニー 『おかんの昼ごはん』

 

山田ズーニー『おかんの昼ご飯』(google検索結果)

 

ほぼ日刊イトイ新聞というサイトで山田ズーニーさんが行っている『おとなの小論文教室。』への読者の方達からのメールのやり取りを編集した本です。

この本を読んで、

大泣きしました。

 

<もっとも滅入ってしまうのは>親は今も私の親で、小さなころには絶対に私を守ってくれる存在のはずでした。ですから、つい、「期待」をしてしまいます。いつまでも、親であることを。(アムタニナ)

 

どんどん小さくなって介護の手が必要になっている親の老いに戸惑っている方の声(メール)が載せられてあり、

そうして、親の愛情を受けてきた方がまた愛情を注ぐ親になり、

 

<青春の終わり>私が「青春の終わり」を感じたのは、息子を出産し終えた時です。ああ、なんて重たい責任をおってしまったのだろう、と奈落の底に落とされた気がしました。そんなことは誰にもいえませんけどね。(小三の母)

 

こうやって、「生命は循環していくんだなあ」と勝手に感動しました。

まあ、いい子ぶっちゃってますけどねええ。

 

あの仕事やっていなかったら、ひねくれたババアになっていた。

 

ただでさえ、人の感情の機微にあまりとらわれないようにしようと冷たくなっている人間なのに、ますますとんでもなく、冷たいというか、とんでもなくイヤ~なクソババアになっていたと思われる。(笑)

(感情の機微に疎くはないです。人の感情の機微に敏感過ぎるので自分の心を守るため、あえてシャットダウンしています。そうしないと毎日毎日、世界の苦しみと悲しみを思い煩って生きていないとならない。聖人かよ。笑)

山田ズーニーさんの『おかんの昼ごはん』ですが、

副題が『親の老いと、本当のワタシと、仕事の選択』となっておりまして、

第一章 おかんの昼ごはん

第二章 本当の「ワタシ」

第三章 仕事の選択

と分かれています。それぞれ繋がっていますが、テーマは章ごとに異なっています。

読者からのメールを紹介して、山田ズーニーさんが深堀りしていくという形になっています。

奥深いです。

メール(コメント)のやり取りで議題を深めていくやり方って・・・、

559の臼田さん

もされております。

コメントのやり取りでその時々のテーマを深掘りされていますよ~。(ってかパンダさんが可愛いんだわ。あのパンダさんは商標登録されたほうがいい。笑)

 

ここまで書いてきて、また戻りたい、となったかなあ、というと、

やっぱりそうでもないでーす。

というわけで、明日から新しいお仕事頑張りましょう。

 

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※キャリアチェンジについては、紹介したい本がありますよ~。
どんどん変化していく世界をどう泳ぎ切るのか考えたら、同じ会社・同じ職で一生安泰!ではないと思います。
ですので、お若いうちからいろーんなことをやっておいたほうが、後々役立つのでは?と思うなあ。

今回も読んで下さりありがとうございました。